A.喉頭の場所
喉頭は前頸部のほぼ中央に位置し、いわゆる「のど仏」として触ることができます。喉頭は気道(空気の通り道)の一部であり、鼻腔または口腔から入った空気は中咽頭から喉頭を経由して気管・気管支・肺へとつながります。
喉頭は声帯を中心とする声門部と、それより口側の声門上部および気管側の声門下部に分けられます。
B.喉頭の働き
喉頭の主な働きは(1)発声機能、(2)気道としての役割、(3)下気道の保護の3つです。
(1)発声機能
肺からの呼気(吐く息)を利用して声帯で空気の振動(喉頭原音)を形成します。振動した空気が咽頭・口腔で共鳴し、口唇より発せられて言葉となります。
(2)気道としての役割
喉頭を構成する輪状軟骨は、肺まで続く気道の中で唯一の全周性硬組織であり、気道の入口部を虚脱から守っています。従って、この部分に癌が出来ると気道が狭くなり呼吸が苦しくなることが多く見られます。
(3)下気道の保護(誤嚥の防止)
嚥下時(食物を飲み込む瞬間)には、喉頭蓋が喉頭を閉鎖して食物が喉頭から気管や肺へ入ることを防いでいます。
A.喉頭がんの特徴
日本の喉頭がん罹患率は人口10万人あたり約3人と、同じ気道系の癌である肺がんに比較するとその発生率は低いと言えます。
(1)喫煙との関連
喉頭がん患者の96.5%は喫煙者で、非喫煙者は3.5%に過ぎません。「喫煙さえしなければよい」という最も予防しやすい癌であるといえます。
(2)男性優位
喉頭がんは10:1(声門がんでは18:1)で圧倒的に男性に多い癌です。これは喫煙との関連が大きく、逆に言えば喫煙女性は発癌率が高くなると言えます。
年齢的には20~30歳代には少なく、60歳代後半に発病のピークがあります。
(3)声門がん・早期がんの増加
従来日本人の喉頭がんは声帯よりも上(声門上)に発生する癌が多いとされてきましたが、喫煙の影響から、声帯に発生する声門がんの比率が徐々に増加し、最近では喉頭がん全体の2/3を占めるようになってきました。
声帯に発生する癌は早くから声嗄れが生ずるために早期がん(Ⅰ・Ⅱ期)が70%を占めるようになってきました。
これは、喉頭がんに対する社会的な認識が向上したと同時に、声嗄れから早い時期に受診される方の割合が増加した影響が大きいと考えられています。
B.喉頭がんの病期と特徴
喉頭がんは声帯から発生する声門がんとその上方の声門上がんに大別され、性質が異なります。声門下部に発生することは稀です。
喉頭がんの病期は国際的なTNM分類を用いⅠ~Ⅳ期にわけられますが、簡略に示すと次のようになります。
病期Ⅰ期: | T1N0 |
病期Ⅱ期: | T2N0M0 |
病期Ⅲ期: | T3N0、T1~3N1 |
病期Ⅳ期: | T4N0~3、T1~3N2~3、M1(遠隔転移が認められる) |
(1)声門がんの分類とその特徴
T1: | 声帯に限局している |
T2: | 声門上部または声門下部に広がっている |
T3: | 声帯の可動性が失われている 喉頭に限局する |
T4: | 喉頭の外にまで広がっている |
N0: | 頸部リンパ節転移を認めない |
N1: | 3㎝以下の頸部リンパ節転移を1個認める |
N2~3: | それ以上の広がりをもつ頸部リンパ節転移を認める |
声門がんでは頸部リンパ節転移を認めることは少なく、癌が喉頭に限局していることがほとんどです。声門がんではⅠ期が70%、Ⅱ期が23%を占め、ほとんどが早期がんです。Ⅲ・Ⅳ期の進行がんは7%に過ぎません。
(2)声門上がんの分類とその特徴
T1: | 声帯に限局している |
T2: | 声門上部または声門下部に広がっている |
T3: | 深部進展(深い根)があるか声帯の可動性が失われている |
T4: | 喉頭の外にまで広がっている |
N0: | 頸部リンパ節転移を認めない |
N1: | 3㎝以下の頸部リンパ節転移を1個認める |
N2~3: | それ以上の広がりをもつ頸部リンパ節転移を認める |
声門上がんでは頸部リンパ節転移を認めることは珍しくありません。そのため、声門上がんではⅠ期が6%、Ⅱ期が24%に過ぎず、70%がⅢ・Ⅳ期の進行がんとなっています。
A.喉頭がんの症状
喉頭がんの代表的な症状は、嗄声(させい:声嗄れ)と咽喉頭違和感(のどのイガイガ感)です。声門がんは癌が小さいうちから嗄声の症状が出現するため、早期がんのうちに見つかりやすいという特徴があります。声門上がんは癌が小さいうちには特有の症状がなく、声帯にまで広がって初めて嗄声が出現します。
癌が進行すると、血痰や嚥下時の痛みが出現するようになり、さらに進行すると喘鳴や呼吸困難も伴うようになってきます。
B.喉頭がんの診断
喉頭ファイバースコープ検査によって喉頭を観察します。喉頭に異常が認められる場合、その部分から小さな肉片を採取し、病理組織検査により診断を確定します。喉頭の病理組織採取は、局所麻酔下にファイバーを用いたりして行うこともありますが、3日間の入院で全身麻酔下に行う場合もあります。
喉頭がんと診断がつけば、癌の拡がりを正確に診断するために、CTやMRI、時にPET-CTを行い治療方針を検討します。
喉頭がんの治療には、主に放射線治療と手術療法があり、手術療法には喉頭部分切除術と喉頭亜全摘出術、喉頭全摘出術があります。レーザー治療を行うこともあります。
A.放射線治療(照射)
体の外から喉頭に放射線を当てる治療(ライナック治療)です。通常は30回前後に分割して照射を行いますので治療期間は約1ヶ月半かかりますが、時に外来通院治療も可能です。喉頭の構造はそのまま残りますので、通常は音声における後遺症は残りません。
副作用は、照射野(放射線の当たっている範囲)の咽喉頭炎からの痛みですが、時に休みを必要とすることもあります
後遺症として、咽喉頭の乾燥から長期に渡るなどの異常感(異物感、乾燥)が問題になります。稀に喉頭を構成する軟骨の炎症や壊死が生じることも報告されています。
B.喉頭部分切除術
早期~中期の喉頭がんに対して可能な手術です。癌に侵された部分とその周囲を含めて切除し、喉頭のその他の部分を残す術式です。声帯が残る水平部分切除術と声帯の一部を切除する垂直部分切除術があります。
手術直後は、喉頭の働きが十分でなく、また喉頭の狭窄からの呼吸困難の防止のために一時的な気管切開孔や、喉頭皮膚瘻を作成します。後日この気管孔、皮膚瘻を閉鎖するまでは、この部分を指で押さえて発声しなくてはならず、苦痛を強いることになります。
手術後早期には誤嚥が起こりますが、時間の経過と共に消失します。ただ、声帯が切除される垂直部分切除術では、嗄声が残ります。
C.喉頭亜全摘出術
従来ならば、喉頭全摘出術を余儀なくされた中等度進行癌や、放射線治療後の再発例に対して、喉頭の一部を温存して気管孔を残さず音声を残す手術です。1回目の手術直後には、一時的に気管切開孔を作りますが、後日これを閉じることで気管孔を残しません。喉頭部分切除よりも比較的良好な音声が残せます。
D.喉頭全摘出術
進行がんに対して行われる術式で、食道と気道が完全に分離されることになります。食事は手術前とほぼ同様にできるようになりますが、咽頭(食道の入口)の一部を縫合閉鎖するため、術後2週間前後の経鼻経管栄養(流動食)または中心静脈栄養が必要になります。
術後の後遺症は、(1)無喉頭によるための後遺症と(2)気管呼吸による後遺症があります。
(1)無喉頭による後遺症
手術直後より、手術前の声は全く出なくなりますので、身体障害者3級の認定になります。手術前と同じ声は出ませんが、リハビリテーションによる代用音声習得により、その後一生筆談という方はほとんどいません。代用音声には、食道発声法、シャント発声法や器具(人工喉頭)を用いた発声法があります。いずれの発声法でも、日常生活の会話は十分可能で、営業マンや学校の先生として社会復帰を果たしている方も多くおられます。
(a) 食道発声:1~3ヶ月の練習が必要ですが、習得できればいつでもどこでも両手フリーハンドで話すことができます。
(b) 器具を用いた発声:パイプ式(笛式)人工喉頭や電気式人工喉頭などがありますが、いずれも食道発声よりも習得は容易です。ただし、常に携帯する必要があり、一方の手を用いる必要があります。
(c) シャント発声:気管と食道の間にシャントを作成し、通常はそこに逆流防止弁のついたプロテーゼを留置します。発声時には気管孔を指で押さえて口から発声します。最近は指を用いなくても良い方策も考案されています。
(2)気管呼吸による後遺症
喉頭を摘出した後は、呼吸は気管孔からのみ行うため、この気管孔は生涯閉じることはできません(永久気管孔)。日常生活においては、次のような種々のハンディキャップが生じることになります。
気管炎を起こしやすい、胸までしか入浴できない、匂いがわからない(嗅覚脱出)、熱いものがフーフーできない、鼻がかめない、息を止めて力むことができない、などです。
E.頸部郭清術
進行がんでは、頸部リンパ節転移を伴っていることが多いため、リンパ節と周囲の組織を含めて摘出する頸部郭清術が同時に行われることがあります。術後の後遺症として、肩こりのような頸部の違和感や腕を上げにくくなることがあります。
喉頭機能を温存しながら病気の根治を図ることが求められますが、年齢・全身状態・職業などを考慮しながら適切な治療法を検討した後、ご本人と相談し最終的に決定していきます。
治療法選択の原則は、放射線治療による根治が見込める場合には、治療のリスクがほとんどなく治療後の機能障害が小さいため、放射線治療を第1選択としています。喉頭部分切除術や喉頭亜全摘術は、放射線治療での根治が疑わしい場合で音声温存をも目的とした治療法ですが、その選択には慎重でなければなりません。進行がんの状態では癌の根治を第1として声を犠牲にした喉頭全摘出術を行わざるを得なくなります。
A.声門がんに対する治療法の選択
T1: |
放射線治療・レーザー手術(放射線治療後、再発に対して喉頭部分切除術) いずれの治療法でも高い制御率が期待できます。 当院では放射線治療・レーザー治療を第1選択とし、放射線治療後に再発した場合には病変が小さければ喉頭部分切除術を行っています。 |
T2: |
化学放射線後治療・喉頭部分切除術 T1よりは制御率は低くなりますが、多くは放射線治療を第1選択としています。放射線治療後の再発に対しては、再発病変が小さければ喉頭部分切除術や喉頭亜全摘術を行っています。 |
T3: |
放射線治療・喉頭部分切除術・喉頭全摘出術 一般的には喉頭全摘出術ですが、一部の症例では喉頭部分切除術や喉頭亜全摘術が可能です。 |
T4: |
喉頭全摘出術 癌の根治を第1に声を犠牲にする手術を選択します。 |
B.声門上がんに対する治療法の選択
T1: |
放射線治療・喉頭部分切除術 (放射線治療後の再発例) いずれの治療法でも制御率は高く当院では放射線治療を第1選択としています。 |
T2: |
化学放射線治療・喉頭部分切除術 T1よりは制御率は低くなりますが、多くは放射線治療を第1選択としています。一部の症例には化学療法を併用します。 |
T3: |
放射線治療・喉頭部分切除術・喉頭全摘出術 一般的には喉頭全摘出術ですが、放射線治療により喉頭温存を図り、再発時に喉頭全摘出を行う方針をとる場合もあります。部分切除術が可能な場合もありますが、その選択は慎重であるべきです。 |
T4: | 喉頭全摘出術 |
当院では、約30人の喉頭がんの患者さんを毎年治療しております。