女性の乳房は、乳頭を中心に乳管が放射状に15~20個並んでいます。
末梢は小葉といわれる構造で多くの分泌腺組織から成り立っています。
乳腺は二次性徴時に女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)の協調作用により増殖します。成人では月経周期とともに体積が変化します。
授乳期には乳汁が分泌されます。加齢とともに萎縮しはじめ、閉経後により明らかになります。
乳がんの約90%は乳管から発生し、乳管がんと呼ばれます。小葉から発生する乳がんは小葉がんと呼ばれます。この他に特殊な型の乳がんがありますがあまり多いものではありません。
日本では乳がんにかかる女性が年々増えており、年間9万人の女性が罹患すると推定されています。
また乳癌で亡くなる方も増えています。 国立がん研究センターがまとめているがん対策情報センターHPによると2020年には1万4,779人の方が亡くなっています。
乳癌と関連するリスク因子を知ることは乳癌の予防や検診について考えるうえで重要です。
以下に乳癌診療ガイドラインに取り上げられている項目をまとめてみます。
【生活習慣と環境因子】アルコール摂取、喫煙、生下時の体重が重い、初経年齢が早い、閉経年齢が遅い、初産年齢が遅い、出産数が少ない、授乳経験が少ない、肥満(閉経後)。
【既往歴と家族歴】高線量の放射線被爆、乳腺良性疾患の既往、乳がんの家族歴。
【既往治療や併用薬】更年期障害で使用されるエストロゲン+黄体ホルモン併用のホルモン補充療法。
【乳癌に関連する遺伝子異常】BRCA1/2の遺伝子変異をもつ人は生涯の乳がん発症リスクが明らかに高いことが知られています。
これらのリスク因子すべてに対策がとれるわけではありませんし、乳がんにならない生活方法も残念ながらありません。しかしアルコールや喫煙を控えること、カロリーオーバーを避けること、 日ごろから適度の運動を心がけることは乳がんに限らず健康な生活を送るうえでもとても大切なことです。
乳房のしこりを触知するのが圧倒的に多い発見契機です。その他に乳房部皮膚のくぼみや発赤などが認められる場合もあります。
遠隔転移した臓器による症状がおこることもありますが、無症状のこともあります。
① マンモグラフィー
乳房を装置に挟んで圧迫しX線撮影する検査です。触診では見つからないような小さながんが見つかることがあります。マンモグラフィー検査の実施により死亡率が減少すると報告され、定期検診が推奨されています。
② 超音波検査
感度が高いため、触診やマンモグラフィー検査で異常を検出できない患者さんに対してもかなり有効な検査です。その反面で検診レベルでは本来は放っておいてもよい所見を拾い上げ過ぎてしまうことも指摘されています。
③ MRI検査、CT検査
乳房内のがんの広がりや転移などの検索に有用です。
④ 穿刺吸引細胞診
腫瘍に細い注射針を刺して細胞を吸引採取して良悪性を調べます。80~90%の場合ではがんかどうかの診断が確定しますが、上述の画像検査を組み合わせ総合的に診断します。
⑤ 針生検やマンモトーム生検(吸引式組織生検)などの組織生検診断
上記の方法で診断が確定しないときや、さらに多くの情報を得るためにより太い針を刺して腫瘍組織を採取する方法です。がんの確定診断に加え、後述のホルモン受容体やHER2受容体の有無なども調べられることがあります。
腫瘍の大きさ(T因子)、リンパ節転移の有無(N因子)、遠隔転移の有無(M因子)により規定されます。
病期は予後と関連し、治療法の選択にも関係します。
① T;腫瘍の大きさ
(ア)Tis:腫瘍が乳管の中だけに限局するもの。
(イ)T0:腫瘤をみとめない。
(ウ)T1:腫瘍の大きさが2cm以下。
(エ)T2:大きさが2cmをこえ,5cm以下のもの。
(オ)T3:大きさが5cmをこえるもの。
(カ)T4:大きさとは無関係に、胸壁組織と癒着するもの
(4a)、胸壁への広がり
(4b)、皮膚の変化や衛星結節を形成するもの
(4c)、(4a)、(4b)の両者をみとめるもの
(4d)、炎症性乳がんとよばれる腫瘤を形成せずに皮膚の浮腫・発赤、痛みなどを呈するもの
② N;所属リンパ節への転移の状態
(ア)N0:転移なし。
(イ)N1:腫瘍と同じ側の腋窩リンパ節に転移(可動性あり)を認める。
(ウ)N2:同じ側の腋窩リンパ節(可動性なし、N2a)あるいは胸骨周囲のリンパ節(腋窩リンパ節には
なし、N2b)に転移を認める。
(エ)N3:鎖骨下部のリンパ節(N3a)、腋窩リンパ節と胸骨周囲リンパ節転移あり(N3b)、鎖骨上部
リンパ節(N3c)へ転移を認める。
③ M;遠隔転移の状態
(ア)M0:遠隔転移なし。
(イ)M1:遠隔転移あり。
④ 病期;上記T、N、M分類の組み合わせで決まります。
Tisは病期0です。
がんの治療には①外科療法、②放射線療法、③薬物療法があります。
①外科療法
乳房にできたがんを切除するために行います。主に以下の術式があります。
(ア)腫瘍摘出術
腫瘍だけを切除する手術です。吸引細胞診,針生検,マンモトーム生検などで術前にがんの診断がつかない時に行われることが多く、がんの手術としては一般的ではありません。
(イ)乳房円状部分切除術、乳房扇状部分切除術
腫瘍含めた乳房の一部分を切除する方法(乳房温存手術)で、病変が小さく限局している場合に行われます。病変の部位や拡がりによって、乳頭を中心に扇形に切除(扇状部分切除術)あるいはがんの周囲に2cm程度の安全域をとって円形に切除(円状部分切除術)したりします。
(ウ)乳房全切除術
腫瘍直上の皮膚、乳頭・乳輪を含めてがんのできた側の乳房を全部切除する場合をいいます。
(エ)皮膚温存乳房全切除術
乳頭・乳輪は切除するが皮膚は温存して乳房を切除する術式。主に乳房の再建を行う場合の手術。
(オ)乳頭温存乳房全切除術
乳頭・乳輪・皮膚を温存し乳房を切除する術式。主に乳房の再建を行う場合の手術。
(カ)腋窩リンパ節郭清
腋窩(脇の下)のリンパ節に転移がある場合、通常は乳がんの切除と同時に腋窩のリンパ節を含む脂肪組織を切除することをいいます。腋窩リンパ節郭清は、乳がんの領域でのリンパ節再発を予防するだけでなく、再発の可能性を予測し、術後に薬物療法が必要かどうかを検討する意味で重要です。 合併症としてリンパ浮腫、腋窩~側胸部の知覚障害、肩の痛みや運動障害がおきることがあります。
(キ)センチネルリンパ節生検
センチネルリンパ節は、比較的腫瘍の近傍にあって最初に転移すると考えられているリンパ節です。
腫瘍や乳輪周囲に放射線同位元素や色素を注射しそれがリンパの流れにのってセンチネルリンパ節に到達することにより見つけます。臨床的には腋窩リンパ節転移がなさそうな場合に施行し、センチネルリンパ節に転移がなければ、腋窩リンパ節郭清は行いません。
以下は最近あまり使われなくなってきた用語ですので参考として記載します
(参考1)胸筋温存乳房切除術
乳房全切除し腋窩リンパ節を郭清します。場合によっては、胸の筋肉の一部分を切り離すこともあります 。
(参考2)胸筋合併乳房切除術
全乳房と腋窩リンパ節だけでなく、乳腺の下にある大胸筋や小胸筋も切除します。最近はほとんど行わ れなくなっています。
②放射線療法
乳がんでは、外科手術でがんを切除した後に乳房やその領域の再発を予防する目的で行われる(術後放射線療法)と切除不能な乳がんの出血や痛み、あるいは骨転移などの痛みの症状を緩和するために行われる場合があります。
③ 薬物療法
内分泌療法、化学療法、分子標的療法の3種類に大別されます。
(ア)内分泌療法
乳がんはホルモンと強く関係しており、エストロゲンやプロゲステロンといった女性ホルモンの受容体を有していることがあります。特にエストロゲン受容体を有しているがんは女性ホルモンであるエストロゲンによる刺激をうけて増殖すると考えられます。
手術で切除された乳がん組織中のエストロゲン受容体が陽性であれば内分泌療法による治療効果が期待されます。乳がんの術後や転移性乳がんに用いられる「タモキシフェン」は代表的な抗エストロゲン剤です。
選択的アロマターゼ阻害剤は、閉経後の女性において女性ホルモンの産生を抑えます。閉経前の場合は、卵巣からの女性ホルモンの分泌を抑える黄体ホルモン分泌刺激ホルモン抑制剤(LHRHアゴニスト)を使用されることがあります。
ホルモン療法の副作用は、化学療法に比べて一般的に極めて軽いのが特徴ですが、タモキシフェンの長期間使用者では子宮がんや血栓症のリスクが、選択的アロマターゼ阻害剤の場合には骨粗鬆症のリスクが 高まります。
その他にも内分泌療法薬にはフルベストラント等を含めて複数のものがあります。
(イ)化学療法
化学療法はがん細胞を死滅させる一方で、がん細胞以外の骨髄細胞、消化管の粘膜細胞、毛根細胞などの正常の細胞にも作用し、白血球、血小板の減少、吐き気や食欲低下、脱毛などの副作用があらわれます。がんに対して用いられる化学療法には注射薬や内服薬を含め様々なものががありますが、使用する薬剤やその投与法によって副作用の特性やその頻度などは異なります。事前にそれらをよく理解し心構えをつくっておくことが大切ですので、化学療法を担当する医師、薬剤師、看護師に十分説明を受けてください。
(ウ)分子標的療法(代表的薬剤としてトラスツズマブ)
乳がんのうち15%~25%は、細胞表面にHER2受容体と呼ばれる蛋白質を有しており、エストロゲンとは別の経路で乳がんの増殖に関与していると考えられています。この蛋白を標的とした治療法(分子標的治療)が開発され、転移性乳がんや再発性乳がんに有効であることがわかりました。トラツズマブは手術後の再発も抑制することも分かっており、ある種の化学療法と並行して使用されています。
その検査はホルモン受容体と同様、手術で切除された乳がん組織中のHER2受容体を調べることで判定され、陽性であれば治療効果が期待されます。
④ 病期別治療
がんの標準治療は上記受容体の有無に加えて、病期よっても異なってきますので、担当医に十分説明をうけてください。
当院ではおおむね次のように治療が決定されています。
1)0~ⅡA期
乳房円状(または扇状)部分切除術+センチネルリンパ節生検+放射線照射、あるいは乳房切除術+センチネルリンパ節生検を行います。Ⅰ期以上では通常術後再発を予防するためにホルモン療法や化学療法を行います。治療法は手術で切除した標本で調べられたエストロゲン受容体やHER2受容体の発現状況、悪性度、患者さんの年齢や全身状態などから総合的に決定されます。
2)ⅡB期 ~ ⅢA期
針生検やマンモトーム生検などで得られたがん組織の情報と患者さんの状態から適切な薬物療法を決定し、最初にある一定期間は化学療法やホルモン療法などの薬物療法を行い次いで手術を行います。薬物療法により腫瘍の縮小が得られれば乳房温存手術がしやすくなります。温存手術を選択した場合やリンパ節転移を複数認める場合は術後放射線照射を行います。その後引き続き薬物療法を行うこともあります。
3)ⅢB期、ⅢC期、IV期
薬物療法、放射線療法が主体となります。ⅡB期 ~ ⅢA期と同様、針生検やマンモトーム生検などで得られた病理組織学的検査の情報と患者さんの状態から薬剤を選択します。薬物療法後肉眼的に腫瘍を残さず切除可能であれば手術を行います。IV期では手術はしないことが多いですが、腫瘍切除で症状が緩和される場合はそれを目的として行われます。
手術によって失われた乳房を再建するには、自家組織(自分のからだの一部)を用いる場合と人工乳房(イン
プラント)を用いる場合とがあります。それぞれにメリット、デメリットがありますので、再建をご希望の
方は事前に担当医や形成外科医と十分相談することをお勧めします。