咽頭は、鼻腔から連続する上咽頭、口腔から連続し上咽頭とも連続する中咽頭、さらにその下方で喉頭の後ろに位置する下咽頭に分けて考えます。
下咽頭の表面は薄い上皮(扁平上皮)で覆われており、この上皮は口腔から食道まで連続した同じ上皮です。
下咽頭は更に細かく3つの部分に分けられています。
すなわち、①梨状陥凹(りじょうかんおう)②輪状後部(りんじょうこうぶ)③咽頭後壁(いんとうこうへき)の3つの部分です。
下咽頭の働きは、口腔、咽頭、喉頭などと調和の取れた動きをして、食べたものが喉頭から気管の中に入らずに、うまく食道へと通過させることです。
A.発癌危険因子
がんの発生には遺伝子の変化が関係しています。そしてその遺伝子の変化を助長するのが発がんの危険因子です。
梨状陥凹や咽頭後壁のがんでは、長年の飲酒、喫煙による慢性刺激だと言われています。
一方で、輪状後部のがんでは、慢性の鉄欠乏性貧血が関与していると言われています。
B.好発年齢
発癌危険因子から分かるように、長年の慢性刺激が関与していることから、好発年齢は50歳以降であり、60~70歳頃にピークがあります。
しかし最近では、平均寿命の延びが著しく、80歳以上にもしばしばみられるようになっています。
C.性別
飲酒・喫煙の習慣が男性に多いことから、梨状陥凹のがんは男性に多く、鉄欠乏性貧血が女性に多いことから、輪状後部のがんは女性に多い特徴があります。
D.発癌部位
発癌部位の頻度は梨状陥凹60-70%、輪状後部20%、後壁10%の順です。
E.病理組織
内腔を覆っている上皮(扁平上皮)から発生するがん(扁平上皮がん)がほとんどです。
その他に、稀に腺がん、腺様嚢胞がん、粘表皮がんなどがあります。
発癌の初期には特異的な症状はなく、「実際に食べるものが詰まることはないが、詰まる感じがある」、というようないわゆる咽喉頭異常感あるいは閉塞感があります。
少し進行したものでは、のどの痛みを伴う場合もあり、飲み込む(嚥下)時に何かしみるような、切られるような痛みを自覚するようになります。
さらに進行すると、咽頭痛の増強(耳への放散痛)、血痰、嗄声、嚥下障害、呼吸困難など多彩な症状が出現します。また、頚部リンパ節腫脹が初発症状となっているものが20%程度にみられるのも特徴です。
がんの治療方針を決定するためには、癌の広がりを正確に診断する必要があり、内視鏡検査、CT、MRIなどの画像診断によって、正確に評価します。がんの広がりの程度(病期)は、国際的なTNM分類を用いてⅠ期からⅣ期の4段階に分けられます。これは下咽頭のがん(原発巣T)の進行度だけではなくて、リンパ節転移(N)の有無・程度、その他の臓器(肺、骨、肝など)への転移(M)の有無によって決められています。
T1: | 下咽頭の1亜部位に限局し、最大径が2cm以下 |
T2: | 片側喉頭の固定がなく、下咽頭の1亜部位をこえるか、隣接部位に浸潤、または最大径が2~4cm |
T3: | 最大径4cmをこえるか、または片側喉頭固定ある、または食道粘膜に進展する |
T4a: | 甲状軟骨、輪状軟骨、舌骨、甲状腺、食道頸部正中軟部組織に浸潤する |
T4b: | 椎前筋膜に浸潤する 頚動脈を全周性に取り囲む 縦隔に浸潤する腫瘍 |
病期Ⅰ期: | T1N0M0 |
病期Ⅱ期: | T2N0M0 |
病期Ⅲ期: | T3N0M0、T1-3N1M0 |
病期ⅣA期: | T1~3N2、T4aN0~2 |
病期ⅣB期: | T4bM0、N3M0 |
病期ⅣC期: | Tに関係なくNに関係なくM1 |
下咽頭がんの場合、診断された時に既に頸部リンパ節への転移を来たしていることが多く、70~80%と大部分がⅢ期、Ⅳ期の進行がんです。
下咽頭がんの治療法には、放射線治療と手術療法があります。化学療法は放射線治療や手術の補助療法として用いられます。
一般に、早期がんには放射線治療、進行がんには手術が行われます。
しかし、最近では、早期がんに対しても喉頭を温存した手術も行っています。
A.放射線治療
下咽頭がんにおける根治を目的とした放射線治療はT1,T2の早期がん、その中でもとくに梨状陥凹がんがよい適応になります。
T3,T4の進行がんに対しては、放射線単独では、ほとんど根治は望めませんので、手術が基本となります。
照射線量は1日1回2グレイ(Gy)(月~金)で総線量60~70Gyが標準的方法であり、その局所制御率はT1で70~80%、T2で50~70%であります。
放射線治療でがんが制御できなかった場合は、手術を行います。
進行がんに対する放射線治療は手術の前後の補助療法として用いられることがありますが、最近では術前よりも術後照射として用いられることが主流となっています。
B.手術療法
下咽頭の進行がん(T3、T4)に対して行われることが大部分であります。ほとんどの場合には、隣接する喉と共に摘出せざるを得ません。
また、切除された咽頭は、空腸、前腕皮弁などを移植して再建する必要があります。もしも、食道にもがんが同時にある場合には、食道も切除して胃や大腸を用いて再建します。
また、下咽頭がんの場合は、頸部リンパ節に転移が多いために、通常、リンパ節を含む脂肪結合織(場合によっては血管、筋肉、神経も含む)を一塊にして摘出する頸部郭清術も同時に行います。
術後、合併症がなく順調に経過すれば、約1~2週間で経口的に食事を開始できるようになります。
最近は再建手技の進歩によって、喉頭を温存する手術が可能となってきています。
ただし、適応はT1やT2の一部に限られます。
この手術では喉頭の一部も切除しますが、前腕皮弁などを使ってうまく再建することによって喉頭の機能が温存できます。
C.化学療法
放射線、手術の補助療法として化学療法(抗がん剤治療)が使用される場合が多くなっています。
喉頭を摘出した後は、音声面でのアフターケアを必要とします。当院では毎月第2木曜日に、院内で「喉友会」を開催して、喉頭摘出後の発声練習を主な目的とした教室を開催しております。
食道発声の他、様々な会話を試す、練習するだけでなく、それぞれの患者さんの間で日常生活での情報交換を行うこともできます。
当科では、年間約20人の下咽頭がんの患者さんを治療しています。
2007年から2015年までの9年間に手術を行った下咽頭がんの患者さんは32人、この他に放射線治療、化学療法を行った患者さんの数はほぼ同数あります。