鼻や口の奥にある部分は咽頭と呼ばれます。咽頭は上・中・下に分類されていて、口を開けたときの突き当たりに相当する部分が中咽頭です。 中咽頭は、さらに4つの部位に分けられます。一般に “のどちんこ”と呼ばれる口蓋垂とその周辺の軟らかく動く軟口蓋、扁桃腺とその周囲の襞を含む側壁部分、舌の付け根の細かな凹凸のある舌根部、口の突き当たりの後壁の4つです。 中咽頭の主な働きとして(1)呼吸作用、(2)嚥下(食物を食道に送り込む)作用、(3)構音(言葉を作る)作用、(4)免疫(細菌に対する抵抗力)作用の4つが挙げられます。
(1)呼吸作用
口・鼻を通して出入りする空気の通路としての役割を果たすと同時に空気の加温・加湿・除塵にも役立っています。
(2)嚥下作用
舌によって中咽頭に送り込まれた食塊は、舌根の働きによって気管に入ることなくさらに食道の入口(下咽頭)に送り込まれます。同時に軟口蓋が鼻腔への通路を閉鎖して食塊が鼻へ逆流するのを防ぎます。これらの働きがうまくいかないと、誤嚥(食物が気管に入ってむせてしまうこと)が生じます。
(3)構音作用
喉頭(声帯)で形成された振動した空気(喉頭原音)が、口腔・咽頭で共鳴し音になります。人間は共鳴腔の形を種々に変化させて口唇から発することで言葉を作っていて、これを構音といいます。軟口蓋の働きが悪いと会話時に息が鼻に抜けてしまい言葉がわかりにくくなってしまいます(開鼻声)。
(4)免疫作用
扁桃腺の凸凹のある構造やその位置は細菌に対する抵抗を示す作用に都合がよいものといえます。ことに乳幼児期には重要な免疫防御器官としての役割を担っています。
A.中咽頭がんの特徴
中咽頭悪性腫瘍の発生頻度は頭頸部悪性腫瘍の10%前後とわずかです。
これら悪性腫瘍には扁平上皮がん、悪性リンパ腫などが含まれますが、最も発生頻度が高いのは扁平上皮がんです。
中咽頭がん患者の男女比は男性に圧倒的に多くみられます。好発年齢は50~ 60歳代ですが、これは飲酒・喫煙などの化学的な慢性刺激が原因と考えられているためです。
最近、ヒトパピローマウィルスが中咽頭がんの発病に関与しているという報告が増えており、扁桃原発の中咽頭癌の約半分はこれによるものとされています。
中咽頭は口を開けることで自身でも見える部分もありますが、舌根や扁桃腺の周囲は直接見えないため、嚥下時のしみる感じや違和感があるようならば早めに耳鼻咽喉科で診察を受けることが大切です。
また、頸部リンパ節の腫れの原因や健診で痰の細胞検査で悪性細胞の結果が出たような場合の原因が中咽頭がんである場合も比較的多く見受けられます。
B.中咽頭がんの病期
中咽頭がんの病期は国際的なTNM分類を用いⅠ~Ⅳ期にわけられますが、簡略に示すと次のようになります。
(p16陰性および下咽頭)
病期Ⅰ期: | T1N0 |
病期Ⅱ期: | T2N0 |
病期Ⅲ期: | T3N0、T1~3N1 |
病期ⅣA期: | T1~3N2、T4aN0~2 |
病期ⅣB期: | T4bM0、N3M0 |
病期ⅣC期: | M1(遠隔転移が認められる) |
(p16陽性)
臨床的
病期Ⅰ期: | T1~2N0~1 |
病期Ⅱ期: | T1~2N2、T3N1~2 |
病期Ⅲ期: | T1~3N3、T4M0 |
病期ⅣA期: | M1(遠隔転移が認められる) |
病理学的
病期Ⅰ期: | T1~2N0~1 |
病期Ⅱ期: | T1~2N2、T3N0~2 |
病期Ⅲ期: | T1~3N3、T4M0 |
病期ⅣA期: | M1(遠隔転移が認められる) |
A.中咽頭がんの症状
嚥下時のしみる感じや違和感などが中咽頭がんの初期症状です。
進行するにしたがってのどの痛みや飲み込みにくい、喋りにくいといった症状が現れ、出血、呼吸困難などの生命の危機にさらされる症状の出現に至ります。
一方、咽頭の症状がないにも関わらず、頸部リンパ節の腫張から扁桃の微小な病変が発見されることもあります。
B.中咽頭がんの診断
中咽頭がんを診断する際には視診・触診に加えて、ファイバースコープによる観察を行い、病巣が明確な部分あるいは疑われる部分には小さな肉片を採取し、病理組織検査により診断を確定します(生検)。中咽頭がんと確定診断がつけば、病変の広がりがどのようになっているかを正確に評価するためにCTやMRI、さらに最近ではPET-CTなどの画像検査を行い、治療方針を立てる上での補助とします。
治療法は手術治療と放射線治療に大別されます。そこに補助的治療法として化学療法が取り入れられる場合があります。
病変の広がり、部位、パピローマウィルスが原因か否か、更に治療後の後遺症について検討した上で治療法を選択します。
A.手術
切除すべき範囲は、癌の広がり(大きさ、深さ)と位置によって決定されます。小さな癌は切除のみで終了することも可能で、咽頭の機能上の問題も生じにくいと考えられますが、大きな癌であれば手術を行った後の欠損部分がおのずと大きくなり、術後後遺症の問題が大きくなってきます。嚥下機能障害や構音障害が顕著となります。再建外科手術の技術が向上した今日ではこれらの機能低下を防ぎ生活の質(QOL:クオリティー・オブ・ライフ)向上を目指す努力が図られています。
(1)再建手術
中咽頭がん摘出後の大きな欠損を補い、機能低下を軽減させるために腹部の筋肉・皮膚など大きい組織を移植するなどの方法が採られます(遊離組織移植)。この場合には血管吻合を行って移植組織への血行を確保する必要があります。この他に有茎の移植組織(たとえば大胸筋皮弁、DP皮弁)で再建することもあります(有茎組織移植)。施設により、また病態により、再建組織が選択されますが、それぞれに利点、問題点があります。
(2)頸部郭清術
中咽頭がんでは高い確率で頸部リンパ節転移を来たします。そこでリンパ節と周囲の組織(脂肪、筋肉など)を含めて中咽頭がんとともに摘出する手術(頸部郭清術)がしばしば同時に行われます。
B.化学放射線治療
放射線治療には、体の外から放射線を当てる外照射があります。
外照射
比較的早期の中咽頭がんが適応となり、特にパピローマウィルスが原因の場合は良い適応と言え、手術と同等の治療成績が期待できます。また、手術との組み合わせとしても採用されます。30回前後に分割して照射を行い、1回の照射に要する時間は数分です。照射範囲は通常は頸部と中咽頭がんを含めた範囲になりますが、咽頭痛などの副作用がやや強く現れる可能性があります。
照射中の障害は、放射線の当たる範囲により変化しますが、口内炎、味覚障害、口内乾燥(唾液分泌の低下)、頸部の色素沈着様の変化、皮膚炎などが挙げられます。
後遺症として口腔乾燥、頸部の硬い感じなどが残る場合があります。
最近では、化学療法と併用してより治療効果を良くする方法が行われますが、副作用もより強くなる難点もあります。
中咽頭癌の発病にヒトパピローマウィルスが関与するとの報告が増えていることもあり、最近は、化学放射線治療が選択される症例が増えています。
A.早期がんに対する治療法選択
Ⅰ~Ⅱ期の早期がんは放射線治療および化学療法により手術治療と同等の治療効果が期待できます。多くの場合で手術治療よりも形態や機能上の変化が少ないといえます。
頸部リンパ節転移を伴う場合であっても、その数が少なく小さいなどの条件下では放射線治療が効果的であることがあります。
B.進行がんに対する治療法選択
Ⅲ~Ⅳ期の進行がんであっても、化学放射線治療が選択されることが多くなっています。その治療効果も向上しています。化学放射線療法に抵抗性のある場合や、進展範囲の広い症例では手術が選択されます。通常の手術の内容は、癌の摘出に加えて、欠損部分の再建手術、頸部郭清術が行われます。手術治療を行った後の病理組織学的検査の結果に従って放射線治療が追加される場合もあります。
C.その他の治療選択要因
放射線治療の範疇に含まれるものですが、癌の栄養動脈にカテーテルを入れ、選択的に抗がん剤を流し込みながら放射線治療を行う方法もあります。
当院で治療を行った患者総数は現在集計中ですが、遊離組織による切除欠損部再建を必要とした進行がんは9例で、全例遊離前腕皮弁が用いられていますが、移植された組織は何れも合併症なく生着しております。
さらに、微小血管吻合を必要とした有茎結腸移植が1例に行われておりますが、この症例も経過は良好でした。
ただ、嚥下機能は十分に満足できたとは言えず、嚥下音声機能を維持した切除・再建法を検討中です。