舌は、前2/3の可動部舌と奥1/3の舌根部に分けられますが、奥1/3は解剖学的には舌中咽頭に分類されます。
したがって、舌がんという時の舌は、舌の前2/3(口を開けて普通に鏡で見える範囲)となります。
舌の主な働きは(1)嚥下(食物をのどに送り込む)機能、(2)構音(言葉を作る)機能、(3)味覚の3つです。
(1)嚥下機能
口腔内で咀嚼(歯で噛み砕く)された食物を、舌を動かすことでのどに送り込みます。
舌の働きが悪くなると、上手く飲み込めずに食物が喉頭から気管に誤嚥しやすくなります。
また、上下の歯の間にはさまれた食物を内側から支える働きも行っているため、舌の動きが悪くなると咀嚼も上手くできなくなります。
(2)構音機能
喉頭(声帯)で形成された振動した空気(喉頭原音)が、咽頭・口腔で共鳴し音になります。人間は共鳴腔の形を種々に変化させて口唇から発することで言葉を作っています。この共鳴腔の形を変化させる主役が舌です。したがって、舌の働きが悪くなると、言葉のはっきりさ(明瞭度)が悪くなり、ろれつの回らない話し方になります。
(3) 味覚
舌の表面に味覚を感じるセンサー(味蕾)がたくさんあり、主に舌で味を感じています。味蕾は舌だけでなく、上あご、頬の内側、咽頭にも存在しますが、舌がなくなると味覚の障害は切実です。
A.舌がんの特徴
舌がんは口腔内に発生する癌の約90%を占めます。舌がん患者の男女比は約2:1と男性に多くみられます。好発年齢は50歳代後半ですが、50歳未満が約1/4を占め、20~30歳代の若年者にも時々みられます。
舌がんの原因はまだ明らかではありませんが、飲酒・喫煙などの化学的な慢性刺激や、歯並びの悪い歯が常に当たる機械的な慢性刺激などが誘因と考えられています。
舌は自分で鏡を用いて見ることができるためか、早期に発見されることが多いとも言えますが、時に早い時期から頸部リンパ節に転移して急速に進行する極めてたちの悪いタイプがあるのもひとつの特徴です。
B.舌がんの病期
舌がんの病期は国際的なTNM分類を用いⅠ~Ⅳ期にわけられますが、簡略に示すと次のようになります。
T1: | 最大径が2㎝以下かつ深達度が5mm以下 |
T2: | 最大径が2㎝以下深達度5mmを越える、最大径が2㎝を越えるが4㎝以下 深達度10mm以下 |
T3: | 最大径が2cmを越えるが4㎝以下深達度が10mmを越える、最大径が4㎝を越え、かつ深達度が10mm以下の腫瘍 |
T4a: |
口唇:下顎骨序そつを貫通する腫瘍、下歯槽神経、口腔底、皮膚に浸潤する腫瘍 口腔:最大径が4cmを越え、深達度が10mmを越える腫瘍、下顎もしくは上顎の骨皮質を貫通するか上顎洞に浸潤する腫瘍、顔面皮膚に浸潤する腫瘍 |
T4b: | 口唇および口腔:咀嚼筋間隙、翼状突起、頭蓋底に浸潤する腫瘍、内頚動脈を全周性に取り囲む腫瘍 |
N0: | 頸部リンパ節転移を認めない |
N1: | 同側の単発性リンパ節転移で3㎝以下かつ節外浸潤なし |
N2a: | 同側の単発性リンパ節転移で最大径が3cmを越えるが6cm以下かつ節外浸潤なし |
N2b: | 同側の多発性リンパ節転移で最大径が6cm以下かつ節外浸潤なし |
N2c: | 両側のリンパ節転移で最大径が6cm以下かつ節外浸潤なし |
N3a: | 最大径が6cm越えるリンパ節転移で節外浸潤なし |
N3b: | 単発性または多発性リンパ節転移で臨床的節外浸潤あり |
病期Ⅰ: | T1N0M0 |
病期Ⅱ: | T2N0M0 |
病期Ⅲ期: | T3N0M0、T1~3N1M0 |
病期ⅣA期: | T4aN0~2M0,T1~3N2M0 |
病期ⅣB期: | T4bM0、N3M0 |
病期ⅣC期: | M1(遠隔転移が認められる) |
A.舌がんの症状
舌がんは舌の先端や真ん中にできることは稀で、側縁に好発します。白斑病変(まわりに比べて真っ白)を伴うことが多く、見ただけで怪しいと気づくことが多いのですが、小さいもの、奥に存在するものなどは早期には見落とすこともあります。
進行すると潰瘍形成(ほれ込みや裂け目のように見える)のために、持続する痛みや、出血、強い口臭が見られます。
B.舌がんの診断
視診・触診からがんの存在を推測することは難しくないことが多いとは言え、白斑症や口内炎・難治性潰瘍など種々の類似疾患も多いため、最終的には病気の部分の組織診断が必要です。しこりの一部を切除して検査をする場合、しこりの一部をこすって(擦過細胞診)細胞から診断する方法の他、針を刺して臍傍を採取する方法(吸引細胞診)で診断を行います。時に、しこりが小さな場合には、しこり全てを切り取って診断と治療を同時に行うことも少なくありません。
舌がんと診断がつけば、病変の根の深さや広がりの程度を正確に診断するために、CTやMRIなどの画像検査を行い、治療方針を検討します。
舌がんの治療は、主に手術療法と放射線治療であり、抗癌剤による化学療法もこれらの治療との組み合わせで行われることがあります。
A.手術
手術で切除しなければならない範囲は、画像検査から判断しますが、切除する範囲によって、術後の障害・後遺症が異なります。
(1)舌部分切除術
癌が小さく浅い場合、舌の一部分を切除して癌の摘出を行います。切除範囲が小さければ、局所麻酔(痛み止めの注射)で、日帰り手術や数日の入院で可能です。舌の奥の方や咽頭の反射が強い場合は、全身麻酔下に手術を行います。
舌の変形が多少残りますが、嚥下や構音などの機能障害はほとんど残りません。味覚障害もありません。
(2)舌半切除術
癌が舌のまん中に近くまで拡がっている場合、癌のある側の舌を半分切除して癌の摘出を行います。
多くの場合、切除後の欠損部(舌のなくなった部分)を種々の方法で再建することにより、術後の機能障害を最小限に抑えることが可能です。
手術後は1週間ほど経口摂取を禁止して経鼻経管栄養(流動食)や点滴による栄養管理を行います。
舌の切除範囲が半分までであれば、嚥下や構音などの機能障害は日常生活に支障をきたさない程度です。味覚障害もありません。
(3)舌亜全摘出術
癌が舌のまん中まで進展してくると、癌のある側の舌を半分以上切除して癌の摘出を行わざるを得なくなります。切除後の欠損部を種々の方法で再建しますが、残った舌の可動性(動きのよさ)により術後の機能障害は大きく異なります。
手術後はやはり1週間は口から食事を取ることを禁止して経鼻経管栄養(流動食)や点滴による栄養管理をおこないます。その後、嚥下練習を行いますが、口からの食事だけで十分な栄養が取れるようになるには1~2ヶ月かかる場合も少なくありません。
味覚障害はないものの、嚥下や構音機能の障害は避けられません。残っている舌がごくわずかしかない場合、上下の歯の間にはさまれた食物を内側からうまく支えることができなくなるため、歯があっても十分な咀嚼ができず、軟らかい物しか食べられないこともあります。
また、上手く飲み込めずに食物が喉頭から気管に誤嚥しやすい場合もあります。
(4)舌全摘出術
癌が舌のまん中を越えて反対側まで進展してくると、安全に残せる舌の部分がなくなってしまい舌を全部摘出せざるを得なくなることがあります。切除後の欠損部を種々の方法で再建しますが、大きな機能障害が残ります。
手術後は縫合部が落ち着くまで、経鼻経管栄養(流動食)や点滴による栄養管理が必要になります。その後、嚥下練習を行いますが、口からの食事だけで十分な栄養が取れるようになるには1~2ヶ月かかる場合も少なくありません。
味覚は残るものの、大きな嚥下・構音機能の障害が残ります。食物はスプーンなどでのどまで送って飲み込む必要がありますし、誤嚥に対する方策を行っても完全に防止できず、喉頭を摘出せざるを得ない場合もあります。
(5)頸部郭清術
進行癌では、頸部リンパ節転移を伴っていることが多いため、リンパ節と周囲の組織を含めて摘出する頸部郭清術が同時に行われます。
リンパ節の腫脹が明らかな場合はもちろんですが、時に舌がんの大きさ、深さによっては腫脹がない場合でも予防的に頚部廓清術を行うこともあります。
B.放射線治療
放射線治療の方法には、(1)外照射と(2)動脈内化学療法(放射線治療と併用)があります。
(1)外照射
体の外から放射線を当てるライナックと呼ばれる治療です。対象となる症例は少ないのですが、手術と異なり舌の形はそのまま残ります。通常25~30回前後に分割して照射を行います。1回の照射に要する時間は数分です。通常、1日1回照射を行いますので、治療期間は約1ヶ月半かかりますが、外来通院治療も可能です。
口腔内が照射野に入る場合がほとんどですので、口内炎や味覚障害、口腔の痛みが途中から生じ、時には休みを必要とする場合もあります。
後遺症として唾液の分泌障害による口腔の乾燥が残ります。また、下顎骨にも照射が行われるために、時に晩発性の障害として下顎骨の壊死、骨髄炎などが起こりますので、長期間にわたるアフターケアも必要です。
(2) 動脈内化学療法(放射線治療と併用)
舌がんを栄養している動脈に選択的に抗がん剤を流し込み、放射線治療の効果を高める治療法です。放射線治療の補助的治療法なので、治療期間は決して短くはありませんし、副作用・後遺症は放射線単独治療よりもむしろ強いのが欠点ですが、治療効果を高めることで、手術を回避できる可能性があります。
舌の本来の機能を温存しながら病気の根治を図ることが理想ですが、患者さんの年齢、ご希望などを考慮して治療方針を決定しております。
当院では治療が出来ない方法もありますので、他施設での治療法も照会して患者さんと一緒に治療法を考えます。
T1: 舌部分切除術・組織内照射
いずれの治療法でも高い制御率が期待できますが、当院では後遺症・晩発性障害を考慮して、舌部分切除術を第1選択としています。
T2: 舌部分切除術~舌半切除術・放射線治療
癌の根の深さにより、種々の治療法の選択枝があります。切除される大きさ・深さが小さく欠損部の再建が必要ない程度であれば舌部分切除術を第1選択としています。それより切除範囲が大きい場合には、切除による欠損部の再建を含めた手術を行います。
T3: 舌半切除術~舌亜全摘出術・放射線治療
癌の広がりにより切除範囲は異なりますが、原則的には手術による摘出が第1選択となります。T2と同様に、実施します。
T4: 舌亜全摘~舌全摘出術および周囲組織(下顎骨など)合併切除術
癌の広がりにより切除範囲は異なりますが、手術による摘出が第1選択となります。術後の機能障害が大きくなります。とくに誤嚥なく食事ができるかどうかという点は、喉頭温存が可能かどうかに直接かかわってくるため、年齢・全身状態などを考慮して慎重に検討されます。
伊勢赤十字病院では、毎年平均約20人の舌がんの患者さんを診察しておりますが、当院で治療を行うのはほぼ半数です。